朝鮮王朝の東莱邑城と日本軍が築いた東莱倭城を歩いて巡ってみた感想

釜山市に壬辰倭乱(じんしんわらん:韓国では文禄・慶長の役をこう呼ぶ)の時の2つの城跡が対峙している場所があります。それが東莱邑城(とんねゆうじょう)、東莱倭城(とんねわじょう)です。

●東莱邑城=朝鮮王朝の城

●東莱倭城=日本軍が築いた城

東莱邑城は文禄二年(1592)に小西行長率いる一番隊に攻め落とされました。その翌年の文禄三年(1594)に東莱邑城を攻略した日本軍(吉川広家ら)が、隣接する小高い山(望月山)に新たに東莱倭城を築城。補給拠点や防衛拠点として使用されました。

現在、この2つの城跡は最寄りの寿安駅からぐるっと歩いて巡ることができます。今回はそのレビュー記事です。

西将台に向かって

寿安駅から徒歩20分ほどにある西将台の登り口。西将台とは東莱邑城の西の曲輪(入口)みたいな場所です。ここから山を登って行きます。階段もあるのでそこからの登城。

復元された城壁に沿って登って…少し休憩(←早い)。振り返ると釜山市の町並みが見えます。すごく開発されていてビルばかりです。

西将台

東莱邑城の西の入り口である西将台。立派な櫓みたいな建物がありました。1階は入ることができますが2階に上がることはできません。ちょっとした休憩所ですね。

立ち寄りたい資料館と博物館

西将台から進んでいくと東莱邑城の中心地みたいな場所に資料館と博物館があります。ま←あ東莱邑城歴史館。ここは入場無料です。中には東莱邑城の復元ジオラマやパネル展示があり、パンフレットも無料で頂けるのでトイレ休憩も兼ねてチェックしてみましょう。

>>東莱邑城歴史館の地図

すぐ近くにある福泉博物館も無料。ここには近くにある福泉古墳群の展示も豊富で分かりやすい。館内にはスタッフの方がいるので質問もしやすいです。

>>福泉博物館の地図

そして本丸へ

東莱邑城の本丸?ともいうべき場所の北将台に向かっていきます。北門からまた山の尾根沿いを歩きます。

ここからも城壁が復元されており、まさに万里の長城みたい。そんなに長くはありませんが、この城壁に沿って歩けば、東莱邑城の本丸みたいな場所である北将台に着きます。

北将台です。中には櫓みたいな建物がありました。調べてみるとここでコンサートみたいなイベントも行われているみたいです。

東莱邑城は日本の城でいう遺構みたいなものは見当たりませんが、よく見ると北将台の入口付近に虎口に見える曲がった道がありました。微妙です。

北将台から望む東莱倭城。東莱邑城が落とされた翌年に日本軍によって築かれた城です。ではここから東莱倭城へ向けて歩いていきます。

倭城へ

本丸の北将台から坂を下ること10分ほど。東莱邑城の東門みたいな人生門にたどり着きます。この人生門も復元で、よく見ると丸馬出しみたいなものがありました。日本の丸馬出は堀と土塁ですが、この門は石造りの丸馬出です。

そうこうしてたどり着いた東莱倭城。日本軍が築いた城です。しかし中に入れず。入口の案内を見てみると、山火事防止のため11月~5月15日までは中に入れないとのこと。

冬が山城巡りのベストシーズンなのですが、確かに空気が乾燥しているので山火事が起これば大惨事ですね。ここはフェンス越しに見学するしかありませんでした。

東莱倭城から駅に向かう途中、山の斜面に築かれた石垣を発見。当時のものか復元かわかりませんが、彦根城(滋賀県)などで見ることができる登り石垣みたいでした。

所要時間と私の感想

東莱邑城と東莱倭城巡りの所要時間ですが、今回は時間を気にせずに寿安駅の壬辰倭乱歴史館、東莱倭城歴史館、福泉博物館もジックリ見学したので、約4時間楽しむことができた行程です。

私の感想ですが、このコースは歩いて巡るのがオススメです。その理由は高低差や門などの距離感を体感できるから。山城といっても比高100mくらいなので、ゆっくり登れば無理無く散策できると思います。この後、忠烈祠(ちゅうれつし)がすぐ近くなのでセットで行くこともできます。

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